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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4358号 判決

原告

渡辺英人

被告

練馬交通株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金四四万三八五二円及びこれに対する平成六年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して金六四万五九四五円及びこれに対する平成六年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、片側三車線の道路において乗客を乗せるため車線変更したタクシーと自動二輪車との接触事故があり、自動二輪車の運転者が傷害を受けたことから、タクシー会社及びその運転者を相手に損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成六年七月一二日午後五時ころ

事故の場所 東京都杉並区高円寺南一丁目一番二号先路上

加害者 被告木村鉄男(以下「被告木村」という。加害車両を運転)

加害車両 普通乗用自動車(練馬五五け五三七〇。タクシー)

被害者 原告(被害車両を運転)

被害車両 自動二輪車(一練馬ふ七一二五)

事故の態様 加害車両が片側三車線の道路(青梅街道)の第三通行帯を荻窪方面から中野方面に向けて進行し、左側歩道にいた乗客を乗せるため第一通行帯に進路変更したところ、同道路第一通行帯を同一方向に進行していた被害車両と接触したが、事故の態様の詳細については争いがある。

2  責任原因

被告木村は、被告練馬交通株式会社の業務の執行として、加害車両を運転していた。

3  損害の填補(一部)

被告らは、治療費等として少なくとも一〇万二一七〇円を支払い(後に、自賠責保険から填補を受けている。)、また、原告は、自賠責保険から一一万六八五〇円の填補を受けた(乙六、七)。

三  本件の争点

1  本件事故の態様

(一) 原告

被告木村は、乗客を乗せようとして後方確認義務を怠つた上、急ハンドルを切つたことにより本件事故が生じた。

(二) 被告ら

被告木村は、本件事故現場手前の交差点で赤信号に従つて停車していたところ、前方に乗客がいたので青信号となると同時に左後方の安全を確認し、左折の合図をしながら車線変更したのに、被害車両が加害車両の側面を高速度で無理に通り抜けようとしたため本件事故が発生したものであり、本件事故は、原告の一方的な過失によるものである。

2  損害額

(一) 原告

原告は、本件事故により全治一カ月半を要する打撲傷、擦過傷を受けたほか、新車である被害車両を破損され、次の損害を受けた。

(1) 通院交通費 九六二〇円

(2) 慰謝料 四〇万円

(3) 物損

〈1〉 被害車両修理費 一九万〇〇二五円

〈2〉 ヘルメツト、衣類等 四万六三〇〇円

(二) 被告ら

原告の右主張を争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様

1  乙一、二、八の1、2、九、原告本人、被告木村本人(一部)に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場付近の青梅街道は片側三車線の道路であり、本件事故現場手前には、青梅街道と幅員約三メートルの道路との信号により交通整理のされた交差点(以下「本件交差点」という。)がある。そして、本件交差点の中野方面寄りの横断歩道端(以下「中野側横断歩道端」という。)を起点として測定すると、本件交差点の荻窪寄りの停止線までは二八・三メートルあり、また、同端から一三二・四メートル荻窪寄りには、信号により交通整理のされた交差点が存在し、同交差点の信号と本件交差点の信号とは連動していて、赤信号から青信号になる時は一致している。

(2) 被告木村は、加害車両を運転して青梅街道の中央線寄りにある第三通行帯を荻窪方面から中野方面に向かつて進行していたところ、本件交差点の荻窪寄りの停止線から約一〇メートル手前の地点まできた時に、中野側横断歩道端の約八メートル先の歩道にいる乗客を発見し、それから一五・三メートル進行した本件交差点の荻窪寄りの横断歩道上においてハザードランプを点けることにより左折合図をして、左方に進路を変更し始めた。

他方、原告は、被害車両に乗つて、歩道寄りの第一通行帯を荻窪方面から中野方面に向かつて時速約五〇キロメートルで進行していたところ、本件交差点の荻窪寄りの停止線から約三〇メートル手前の地点で同停止線から約一〇メートル手前の地点にいる加害車両を発見し、また、同車両が左折してくるのに気がついて被害車両を急制動した。

(3) 被告木村が前示のとおり左折合図をして左方に進路を変更し始めてから更に九・一メートル進行し、本件交差点の中央付近に至つたところでは、加害車両は、完全に第二通行帯に入つた。しかし、被告木村は、同地点において客に注視したため左の確認をせず、そのまま第一通行帯に向かうべく進行したため、それから一三・三メートル進行した中野側横断歩道上の地点で被害車両が加害車両の真横にいるのを初めて発見し、加害車両を急制動した。それから四・七メートル進行した第一通行帯上の地点(中野方面側横断歩道端から三・七五メートル前進した地点)で、加害車両の左側と被害車両の右側とが接触し、原告は、この接触のため倒れ始め、接触地点から七・六メートル中野寄りで停止転倒した。

右認定に反する被告木村の供述は、後記理由により採用しない。そして、他に右認定に反する証拠はない。

2  被告木村は、本人尋問において「本件交差点の荻窪寄りの停止線で対面赤信号に従つて停車していたところ、前方の歩道上に客を見つけたので、対面信号が青色になると同時にハザードランプを点け、後ろを確認しながら徐々に左に寄つた。そのときは、本件交差点と荻窪より直前の交差点の間や同交差点の停止線には、被害車両を含め自動車はなかつた。中野側横断歩道上まで来た時に被害車両を発見して加害車両の左寄りであつたハンドルを真っ直ぐにしたが、被害車両と接触した。被害車両を発見したときの同車両の速度は時速八〇キロメートル程度であり、被害車両は、加害車両と歩道の間を通り抜けようとしたのである。」と供述する。

しかしながら、乙二によれば、被告木村は、本件事故から一時間経過してから行われた実況見分において、警察官に対し、本件交差点の荻窪寄りの停止線から約一〇メートル手前の地点(乙二の〈1〉から〈5〉までの距離である四二・四メートルから中野側横断歩道端から衝突地点までの三・七五メートルと同端から荻窪寄りの停止線までの二八・三メートルを控除すると一〇・三五メートルとなる。なお、加害車両は乙二の〈1〉から〈5〉までは二通行帯分である六メートルほど斜めに走行しているので、この点を補正しても、四二・四の二乗から六の二乗を控除した数の平方根は四二・〇となり、これから三・七五と二八・三を控除すると、九・九五メートルとなる。)で乗客を発見したと説明していることが認められ、このような地点で赤信号に従い先頭で停車するのは常識的でなく、また、同被告は、警察官に対し、本件交差点の対面赤信号に従つて停車していたとは説明していないのである。そして、原告は、本人尋問において、加害車両は走行していたと供述しており、このほうが被告木村の右警察官に対する説明と合致するから、被告木村が本件交差点で停車していたとの右供述は採用することができない。また、被害車両の速度の点も、接触後原告が停止した距離が七・六メートルと短いことや原告の後記認定の傷害の程度に照らせば、同車両の接触時の速度は比較的遅いことが明らかであり、時速八〇キロメートル程度であつたとの供述は、採用することができない。

3  そうすると、本件事故は、被告木村が、左後方の安全確認を不十分なまま、第三通行帯から第一通行帯に一気に車線変更したことにより生じたものであり、被告木村には後方安全確認義務違反の過失があることは明らかである。他方、原告も、加害車両がハザードランプを点けていたのであるから、その動向に注意すべきところ、その確認が遅れたというべきであり、原告の右過失も本件事故の原因となつているものと認められる。

右の被告の過失と原告の過失の双方を対比して勘案すると、被告らは明示では過失相殺の主張をしていないが、本件事故で原告の被つた損害は、その一割を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

二  原告の損害額

1  通院交通費 九六二〇円

甲一、乙三ないし七(枝番を含む)、原告本人によれば、原告は、本件事故により左上腕・前腕擦過傷、左膝擦過傷、左肋骨、左足打撲、腰部打撲の傷害を受け、事故当日の平成六年七月一二日から二一日まで中野総合病院に通院し(実通院日六日)、さらに、左前腕挫創・左母趾挫創の治療のため、佼成病院整形外科に転院して、七月二三日から九月一七日まで通院し(実通院日八日)、同日、右傷害が治癒したこと、中野総合病院への通院の当初の四日分については足を動かすのに困難なためタクシーを利用したこともあり、右各病院の通院のため、合計九六二〇円を要したことが認められる。

2  慰謝料 四〇万円

前示の通院の日数、治療の経過に鑑みれば通院(傷害)慰謝料として四〇万円が相当である。

3  物損 二二万四七三五円

(1) 甲二ないし四、原告本人によれば、被害車両である原告の自動二輪車は、走行距離が二三五〇キロメートルの新車であるところ、本件事故による損傷の修理のため一九万〇〇二五円を要することが認められる。

(2) 甲一、原告本人によれば、原告は、平成五年一〇月から平成六年四月にかけて二万三〇〇〇円で購入したヘルメツト、四五〇〇円で購入したズボン、一万五〇〇〇円で購入した靴、三八〇〇円で購入した手袋をいずれも本件事故により破損したことが認められる。

これらの本件事故当時の価格については、その使用年限等を考慮して、減価償却としてヘルメツトにつき二割を、その他の物品につき三割を控除するのが相当であり、ヘルメツトの本件事故当時の価格は一万八四〇〇円、ズボンの同価格は三一五〇円、靴の同価格は一万〇五〇〇円、手袋の同価格は二六六〇円となり、その合計は三万四七一〇円となる。

4  以上の合計は、六三万四三五五円である。

三  損害の填補等

前示のとおり被告らが原告の治療費として一〇万二一七〇円を支払つているから、原告の本件事故による総損害は、七三万六五二五円となり、前示過失相殺後の原告の損害額は、六六万二八七二円となる。そして、前示のとおり、原告は自賠責保険から一一万六八五〇円の填補を受けているから、右治療費含む損害填補後の原告の損害額は、四四万三八五二円となる。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告らに対し、連帯して四四万三八五二円及びこれに対する本件事故の日である平成六年七月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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